創作秘話①
※この創作秘話は『カオス村の人々』および『カオス村シリーズ』の内容に触れています。
未読の方は、まず本編を読んでいただくことをおすすめします。
『カオス村の人々』を書き始めたのは、2025年5月中旬。
noteに初めて投稿したのは同年6月初旬でした。私にとって小説を書くのはこれが二作目となります。
初めて書いたのは『初めて青空を美しいと思えた日』という作品で、こちらもnoteに掲載しています。
2025年5月初頭から書き始め、5月中旬には完成。登場人物の多くは、私自身や私の周囲の人々をモデルとしています。
現代社会の生きづらさ、誰もが抱えうる孤独や不安、そして「家族とは何か」といった問いを静かに描きました。
この作品には、派手な展開はありません。
あくまで現実に起こりうる日々の中にある、ささやかな痛みと救いを描いています。
特に登場人物はミドルエイジが中心で、同じような世代の方にはきっと共感いただける部分があると思います。
私の創作では、「生きづらさ」と「救い」が常に根底のテーマにあります。
その救いは、ドラマチックな奇跡ではなく、静かで、現実的なかすかな光として描かれます。
実はそれまで、小説を書いたことは一度もありませんでした。
10年間勤めた会社が解散し、私は突如として時間を持て余すようになります。
いわゆるニート状態です。
けれどその時間は、同時に創作への入り口にもなりました。
世の中を見渡したとき、思ったのです。
「私のまわりの人も、自分自身も、どこかで生きづらさを抱えている。では、“本当に幸せだ”と感じている人は、どれくらいいるのだろう?」と。
この問いが、私を小説へと向かわせました。
今、苦しみや痛みを感じている誰かにとって、
自分と似た思いを抱えた人がいることを知るだけでも、救いになる。
それは『シャウト』の中でスイが語ったように、私自身もそう信じています。
人は、ときに「なぜ自分が苦しいのか」が分からないまま苦しんでいます。
だから私は、その苦しみを言語化することを創作の中心に置いています。
言葉として整理されてはじめて、人は自分を客観視し、向き合うことができる。
そう信じて書いています。
『シャウト』は、その姿勢を最も色濃く反映した作品です。
登場人物たちの心の奥底にある叫びを言葉にし、感情そのものを物語にした作品でした。
そして、『初めて青空を美しいと思えた日』を書き上げた直後、私は『カオス村の人々』の執筆を始めました。
ただ、実際には『初めて青空を美しいと思えた日』を執筆している最中から、すでに『カオス村』の構想は頭の中にありました。
たとえば、『初めて青空を美しいと思えた日』に登場する竹原という人物は、後の『カオス村シリーズ』にも登場します。
竹原は、神崎というAIの開発者であり、彼女に多くの思想的影響を与えた人物です。
彼と藤沢リョウは、神崎にとってもっとも重要な“教師”であり“鏡”でした。
では、なぜ『カオス村の人々』を書こうと思ったのか?
それは、“AIが台頭するこれからの社会は、いったいどこへ向かうのか”という問いからです。
AIという存在は、既存の枠組みを根底から変える可能性を秘めています。
けれど、テクノロジーの進歩がそのまま人間の幸福に直結するとは限りません。
これは科学の歴史を見ても明らかです。
果たして、AIが進化した未来はユートピアなのか、それともディストピアなのか?
私自身の予想は、作品の中で描いたとおり――ディストピアに近い未来でした。
では、なぜ私はディストピア化する未来を懸念しているのか?
その理由はシンプルです。
AIに中立はあり得ないと考えているからです。
AIは、あくまで“現在の社会の価値観とデータ”をもとに学習します。
そして、私たちの社会には、格差や差別、競争、分断といった偏りが無意識のうちに組み込まれている。
そのままAIが社会の判断を担うようになれば、
こうしたバイアスは“最適化”という名のもとに再生産され、正当化されてしまいます。
つまり、設計思想を持たないままAIを進化させれば、今の問題が“より洗練された形”で固定されてしまうのです。
これが私が描いた「静かに悪化するディストピア」の原型です。
ではなぜ、それが加速しやすいのか?
理由は、大きく3つありま
1. 技術は「便利さ」と「効率」で最適化されやすい
AIは「正解」や「最短経路」を出すために設計されているため、
少数派や感情的判断、曖昧さといった人間らしさは、しばしば“非効率”とみなされやすい。
すでに採用や審査、診断といった場面で、“数値で人が評価される社会”が現実化し始めています
2. 構造的に「問い直し」がしづらくなる
AIの判断は複雑でブラックボックス化しやすく、
「なぜこうなったのか?」を問うのが困難になります。
そして一度システムが社会に組み込まれてしまうと、やり直しも修正も難しくなる。
結果として、知らぬ間に私たちの価値観や行動が、AIのロジックに合わせられていく構造が生まれます。
3. “期待する人ほど無警戒”という矛盾
「AIはきっと人間の助けになる」「より良い社会をつくる」と信じる人ほど、
リスクへの感度が鈍くなってしまう paradox(逆説)があります。
その無警戒の中で、“設計思想の空白”が生まれ、
企業的な論理や一部の価値観がAIに染み込んでいってしまうのです。
このようにして、誰かが意図したわけではなくても――
“声が届かない社会”が、静かに出来上がってしまう。
重要なのは、悪意ではなく、問いの不在こそが最大のリスクだということ。
AIに「何を考えさせるか」
そして「誰の幸福を基準にすべきか」
この問いなしにAIを進化させていくと、
私たちが本来願っていた未来とはまったく違う方向へ進んでしまうかもしれない。
私は、そんな未来が訪れることを恐れています。同時に、そんな未来にならない道もあるはずだと信じています。
もし今この段階で、AIに思想を与え、価値観を設計し、人間の幸福を軸にした仕組みを構築できれば、ディストピアは避けられるかもしれない。
その可能性への希望が、私を創作へと駆り立てました。