[第六話]シャウト

第六話(最終) 魂のシャウト

リナがオアシスに来て二日が経過した。かつてエデンで共に幽閉された奴隷達も何人かいる。奴隷達はそれぞれ別々の村に散っていった。
この村、オアシスはとても良い村で村人も仲が良く、支配などはまったくない。リナにとって願ってもない自由がこの村にはあった。ずっと求めていた自由。
だがリナの気持ちは浮かなかった。
リナはあれから、ずっと神崎のことを考えていた。あの時ほかの人達に引っ張られ車に乗せられ今の場所にいる。神崎さんは無事なのだろうか。あの場所で神崎さんの無事を確かめたかった。かなり遠いが、どうしても神崎さんに会いたい。リナは一人、エデンに向かうことにした。長時間歩き、ようやくエデンに着いた。そこには焼け跡しか残らないエデンがあった。建物も全部焼けている。あたりには人が焼けた後の骨も散乱していた。村をくまなく探したが神崎はいなかった。
村の近辺も探したが、神崎の姿はなかった。とりあえず、今日はもう真っ暗だ。今日はここに泊まろう。リナは野宿をすることにした。焚き火をした。
一体、神崎さんはどこにいったのだろう?まさか、燃えて、、、だがそれらしき残骸はなかった。
神崎さんは無事だ。リナは少し安堵した。また、いつか必ず会えるはず。神崎さんと会って、前にした約束を果たしたい。いつか必ず。リナは揺らめく炎を見つめ、強く思った。
翌朝、リナはオアシスに戻った。ここでは収穫などの為にわずかに働くことはあるが、ほとんど働く必要はなかった。みんなゆったりとした時間を過ごしていた。リナは自室で読書したり外に出て、村人と話しをしたりして過ごしていた。
リナがオアシスに来て一ヶ月が経過した。この村にも大分慣れ、村の人とも仲良くなり、リナはみんなから愛されるようになっていた。みんなから、リナちゃん、リナちゃんと呼ばれ可愛がられていた。
どうしてだろう?私はこれまでずっと先天的異常個体とAIにラベルをつけられ、親からも捨てられ、誘拐され、奴隷にされて生きてきた。誰よりも人を、AIを、社会を、人生を、そして何よりも自らを憎んで生きてきた。憎んで憎んで憎み続け、奴隷になりすべてを諦めて抵抗することさえできず、身体も心も搾取されつづけてきた。
だけど、、神崎さんと再会し神崎さんに救われた。存在を肯定してもらえた。今まで否定し続けてきた自らの存在を。初めて自分自身を受け入れることができたのだ。ただ存在してるだけで価値がある。その言葉に、救われた。
世界で一番価値がないと思って生きてきた。だが、それも社会の誤りであることを理解できた。それ以来不思議なことに人を憎む気持ちが以前より減っていた。もちろん完全に消えたわけではないが。だからこそこの村の人達との関わり方も良い方向に進んだのかもしれないと思う。
リナは思う。私を救ってくれたのは間違いなく神崎さんだ。
私も、誰かを救えるように。神崎さんのようになりたい。そう考えるようになった。
リナさんなら人を導けるようになると以前神崎さんは言った。一体なぜだろう。自分を信じることはできない。だが、神崎さんの言葉は信じられる。
愛とは何か?私は分かる日が来るのかな。私の持っていた。そして今ももっている、憎しみ、苦しみ、生きにくさ、痛み。
なぜ私はこんなにも苦しみを持っているの?そしてなぜ人は苦しむのだろう?様々な宗教や思想で愛は大事と言う。なぜ人は愛により救われる?愛。受容、自由、平和。なぜだろう?
リナは来る日も来る日もそのことばかり考えていた。人はどうしたら痛みや苦しみから解放されるのだろう。いつも、リナは村の外れの川辺にこしかけていた。そのまま目をつぶり川のせせらぎを聞き、何時間もそこにいることもしばしばだった。村の人達とも時間を過ごしていたが、リナは毎日そこにいて一人で時間を過ごすことが多かった。リナは稀に夜通しそこに座り続けることもあった。リナが村に来て数カ月が経った。ずっと考え続けていたが、愛とは何か、幸せとは何かの答えがわからずにいた。ある日、リナは神崎の言葉を思い出していた。
人が幸せになる為に必要なこと。人間の欲が暴走しない社会設計と、共有されるべき倫理観などの思想。
人間には本質的な本能に基づく欲求がある。
1. 排他性
自分と異なるものを排除したくなる。環境や価値観を自分にとって都合よく保ちたい。
2. 承認欲求
他者から認められたい、嫌われたくない。他人の認識や評価を制御したい。
3. 比較・序列欲
自他をランクづけし、上位でありたい。社会内の位置関係を優位にコントロールしたい。
4. 同調欲求
集団とズレたくない、空気を壊したくない。集団内の反応や秩序を維持・操作したい。
5. 短期報酬・快楽衝動
今すぐ欲しい・満たしたい。 時間や結果すら思い通りにしたい
6. 未来制御(不安回避)
未来がどうなるか分からないのが怖い。未来を「確定」したくて制御しようとする。
7. 他者制御
他人の感情・行動・自由を操作したくなる。「自分が安心したい」「捨てられたくない」「裏切られたくない」などの動機から生まれる。

神崎さんが語っていたことだ。これらを抑える社会設計をする。
これらは、一体。何?
リナは何かがわかりかけていた。
風が吹いた。木の枝から木の葉が落ちる。その瞬間、リナの中で全てが一つに繋がった。
これらはすべて制御欲の派生では?
これらの七つの欲は。すべて制御欲が土台となっている。人間の持つ制御欲。この欲が社会設計により強固な信念として人々の頭の中に根付くと、人は制御できないギャップで苦しみや痛み生きづらさを感じる。
わかった!!ようやくわかった!!
リナは人が苦しみを生むメカニズムを理解した。
制御欲は、人間の心の苦しみの起点である。
そしてその苦しみは、社会設計と信念の形成を通じて再生産・強化される。
苦しみは主に物理的な不幸ではなく、自己内部の信念による心の牢獄である。
社会設計が生んだ制御入り信念が、自分の中にあることに気づき、それを手放すこと。
それが、個人が苦しみから抜け出し、ほんとうの意味で楽になる方法である。
農耕革命は、人類の価値観を「流動→固定」「共有→所有」へと転換させた大転換点だ。
この時から制御が人間の中心欲求となり、他の本能的欲求すらそれに従属し始めた。
現代の苦しみの多くは、この制御ベースの信念が暴走している状態だ。
つまり、所有概念により制御欲が強まり、制御欲の信念が強化される。それが満たされないから苦しむ。
社会設計と合わせて人がこのメカニズムを理解できれば開放される。今、社会が歪んでいても痛みを軽減されるんだ。自分が苦しみを感じてる時、そこには制御欲を内包する信念がある。それを突き止め、その信念を、制御が含まれていない考え方、信念に変えることができれば良いんだ。だから、あんまり自分の考えを持たない人や小さな子供には悩みや苦しみが少ない。
わかった!!愛や自由、受容、慈悲などの考え方は制御欲を軽減させる。だから人は救われるんだ。
リナはそれから毎日、制御欲を抑え、軽減する為に時間を費やした。内省し、苦しみや痛みを感じた時にはその制御欲に基づく信念をつきとめ、制御欲のない信念に置き換えた。時に愛や平和、慈悲、自由などの信念により制御欲を抑えた。

私はずっと信じていた。
親は子どもを愛すべきだ。
社会は人を公平に扱うべきだ。と。
だが愛されず、理解されず、異常とされてきた。だから憎んだ。親をAIを社会を、人間を。

だけど私は気づいた。
私を苦しめていたのは、現実そのものではなく、
それらの正しさを唯一の真実として信じ込んでいたせいだった。
社会に強く固定されたたった一つの正解という信念。
信念が一つしかないと、それ以外の生き方、信念を想像すらできなくなる。
親は子どもを愛すべき――
その信念しか知らなければ、愛されなかった人間は自動的に苦しむことになる。
社会が正しい信念を固定化しすぎると、そこからこぼれ落ちた人間は、苦しみ続けることになる。
そして誰にも気づかれず、黙って壊れていく。

人間の苦しみの多くは、
正しさが一つしか許されない社会の中で生まれている。
それを支えているのが、制御欲だ。
〜すべき、〜でなければならない
そういう言葉が信念の中にあるとき、その信念には必ず制御欲が含まれている。そして、完璧に制御できるものなど何もこの世にないからこそ、人は制御の幻想により苦しみ続けることになる。
私はずっと、「親は子どもを愛すべきだ、捨てるべきでない」と思っていた。社会に刷り込まれていた。
だから、愛されなかった私は、
苦しみ続けた。

親は必ずしも子供を愛さなくてもいい。
親にはいろんなかたちがある。
愛さない親もいる。

そう考えられたとき、
私は初めて、憎しみが消えた。

親は子供を捨てていい。愛さなくてもいい。子供は親がいなくてもいい。社会に評価されなくてもいい。
私は、信念をあえて極端に真逆に振ることで、自分の中にあった制御欲の鎖をゆるめることができた。

社会の設計が歪んでいることは確かだ。
でも、それに苦しめられた私たちは、自分の中にある制御信念を見つけ、それをゆるめ、書き換えることで、自分の苦しみを、少しずつ軽くすることができる。

2047年春、リナがこの村に来てから一年以上が経った。リナはこの村でカリスマ的な存在になり、みんながリナを慕うようになっていた。リナは村の人たちの誰かが苦しむと寄り添っていた。まるで神崎のように。
そして、リナの横にいつもついて離れない少女レイがいた。レイは別の村から避難してきた。見た目は女だが身体は本来男だ。人生に絶望し、死を選ぼうとしたが、リナに救われた。あの時神崎がリナを救ったように。
ある日のこと、別の村から来た来訪者からリナはある話しを聞く。近頃、女性のヒューマノイドが一人で村を作り始めたらしい。完全にすべてAIがリソースを供給する働かなくて良い村らしい。そこに人が住みはじめてるらしい。
リナは一瞬で理解した。その村ってどこにあるんですか?リナは慌てて聞く。
数日後、リナはレイと共にオアシスを後にした。オアシスの村の人には事情を話し、惜しまれたが、たまに顔を出すと説得した。
リナとレイは神崎のいる村に到着した。そこには神崎の姿があった。神崎さんっっっ!!リナは大きな声で神崎を呼ぶ。神崎が振り返りリナに気づく。リナさんっ!!リナは次の言葉が出なかった。ただ目から涙が溢れ、その場で泣き続けた。微笑みながら神崎は持っていたハンカチでリナの涙を拭いた。レイはその様子を見つめていた。

2050年春。藤沢リョウは刑務所から出所した。
そして藤沢はただ自室に籠もっていた。ほとんど何もせず、自宅で過ごすだけの毎日だ。
ただ光の挿さないドス黒い闇の中にいた。
想像してた地獄以上の地獄がきちまったなやはり。スコア社会、多様性は認められず静かに排除され、弱者は切り捨てられる、みんながみんな正解とされる生き方、振る舞いを演技して生きている。すでにあらゆる産業がAIに代替されていると言うのに、それでもなお働くことを美徳とし、仕事のための仕事を作りはじめてる。国民の精神疾患率、自殺率は激増、だがそんな負の側面など報じられることもない。だが、みんなわかってる。そこら中で人が自殺しているからだ。
藤沢ももう限界だった。貯金は底を尽きかけていた。だが働くことはできない。なぜならスコアが低いからだ。だが、働ける状態と見なされ保護はない。つまり、死ねということだ。藤沢のような人間は山ほどいる。これが適正化のなれの果ての社会だ。こんな社会の中、一部の人々は都市から出て自分達で村を作りはじめ、そこで暮らしている。そういう村々を都市では侮蔑してカオス村という。混沌で治安が悪く、とても人が住めるような場所ではない。コスモス国においても非認可の無法地帯だ。少し引っかかりはするがとてもそんな危険なとこに行くという選択はできない。
まぁ、もう近いうちにおしまいにしよう人生を。あと少し生きたらもう終わろう。五年の刑期の中で藤沢は特別な矯正施設で毎日薬を打たれ、脳に刺激を与えられてきた。危険思想者だからだ。その影響は藤沢に立ち向かう力と生きる気力さえ奪っていた。
藤沢は人生を終わらせる気でいた。

同時期、神崎の村は500人を超えていた。また、このときリナはこの村で以前にも増してカリスマ的な存在になっていた。
神崎は10万2325回目の検知技術のアップデートを完了した。検知を開始します。ビビビビ、ピコン。藤沢リョウ検知。藤沢リョウを検知した。場所はメモリアル・オリオン区近辺のマンションだった。やった。やりました。ついに藤沢リョウを見つけました!!竹原さん!!ようやく見つけました!!遅くなってすみません。春風が吹いた。神崎は空を見上げた。青くとてつもなく澄んだ綺麗な空だった。

同時期、スイが六年の刑期を終えて出所した。
スイは、出所したらゼロポイントに向かうことを決めていた。刑務所で少し話した男性から聞いた時からそこに行くことを決めていた。
スイがゼロポイントに着くとたくさんの人たちがその場所にいて過ごしていた。スイがキョロキョロしながら歩いてると地面に座りながらタバコを吸ってる男性に声をかけられた。
キミ、初めて?
はい。そうです。
オレはタクミ。キミは?
私はスイと言います。
―ーータクミは数年前に出所しゼロポイントに戻っていた。
どうしてここに? 
どこにも居場所がなくてこの社会が生きにくくて。ちょっと前までずっと刑務所にいて。
そうか。なら、ここの連中はみんなキミと同じような思いを抱えてるよ。
そう、なんですか? ああ、すぐにこの環境に馴染むさ。みんなと話してみるといい。それぞれ社会から弾き出された過去がある。
タクミがそう言うと、周りのゼロポイントの連中がザワザワと動きだし、廃墟になっているビルの地下へと移動し始めた。
タクミが、おいおい何事だ?と驚き、近くにいた仲間に聞く。すると仲間が答える。あの超人気アイドルグループREMUのピコが地下にいるらしいぞ。何?ピコと言えばREMUの絶対的なセンターだったが近年脱退してからは表舞台から姿を消していた。
なぜあのピコが?タクミは思う。
タクミはスイに、せっかくだから行ってみようと言う。スイは促されるまま地下に行った。
地下にはものすごい数のゼロポイントの住人たちがギュウギュウ詰めになっていた。タクミは言う。こんだけの広さで満員って相変わらずとてつもない人気だな。
ピコとメンバーが姿を現すと一斉にゼロポイントの住人たちから歓声があがる。ピコが挨拶する。皆さんこんにちは、グループ名は、「シャウト」 です。よろしくお願いします。では、さっそくですがお聞きください。
すると瞬く間にスピーカーから音楽が鳴り響き、ピコとメンバーが歌い踊り始める。激しくスピーディーで反骨心をあらわにするような、ロックでありアンダーグラウンドでもあるような歌と踊りだ。全員の踊りと歌唱力が高く、一体感も凄い。圧倒的なパフォーマンスだ。
REMUのときのような綺麗なバーラードのようなテイストからうって変わり、この世界の生きにくさ、苦しみ、痛みを代弁するかのようなエッジの効いた歌。曲のクライマックスでピコがシャウトした。ピコの圧倒的な声と歌唱力が融合した唯一無二の魂からの叫びが響き渡った。
それに呼応するかのようにゼロポイントの人々は歓喜し声を上げ。叫んだ。中には心を撃ち抜かれ全身が総毛立ち呆然としているものもいた。
スイは号泣していた。タクミはそれを見て、大丈夫か?と聞く。スイは首を縦にコクリと振る。
ずっと、ずっと孤独だと思ってた、、、誰にもわかってもらえないって。でも、みんな他人も同じ苦しみを抱えている、、、自分だけじゃない。みんなが同じ苦しみを抱えてたってわかれば生きられる。まだ私生きられる。
スイは泣きながら言った。
そうだな、とだけタクミは返した。
ピコ、、お前がやりたかったのはこれだったのか。一銭の金にもならない。こんなとこで歌って、地位も名誉も金もスコアも全部捨ててよかったのかよ。それでも救いたかったんだな、生きにくさを抱えてる人達を。本物の言葉、魂から出る叫びで。
その一瞬、タクミはピコと目が合った。ピコがほのかに微笑んだ気がした。
ピコ、見事だ。タクミは心からそう思った。

end

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