『シャウト』――この世界の神話
第二話(終)
ピコはそれから、一人で歌い続けた。
路上で、公園で、イベントで、学校で、ライブハウスで――場所を選ばず、歌い、踊った。
REMU時代の知名度もあって、ピコが現れるとたちまち人だかりができた。けれど、観客が数人しかいないような場所でも、ピコは歌った。
ピコが求めていたのは、「売れること」でも「お金」でもなかった。
たとえ一銭にもならなくても、歌い続ける。別の仕事をしながらでも構わない。
自分の歌が、たった一人でもいい、誰かの心を救うかもしれない――その想いだけがピコを動かしていた。
ピコの歌に心を打たれ、涙を流す人も多くいた。
初めて「自分の歌で、誰かを救えている」という実感が湧いた。
そんなある日、ピコの歌声を耳にした音楽プロデューサー、佐久間という男が現れる。
佐久間は、今のAI社会に限界を感じ、人々を救いたいと願っていた。ピコとその想いは重なり、意気投合した二人はグループ結成を決意する。
名前は《シャウト》。
それは「たとえ一銭にもならなくても、売れなくても、地位も名誉もスコアもなくても、たった一人を救えるなら生涯歌い続ける」という信念のもとに立ち上がったグループだった。
この時代、シャウトのような感情をむき出しにする音楽は、AI社会に認められず、表舞台に立つことは難しい。
けれど、それでも始めた。
最初に加わったのは、佐久間が連れてきたミラン。
彼女にもまた、過去に深い傷があり、ピコとはすぐに心を通わせた。
ピコとミランはルームシェアを始め、次第に親友以上、家族以上の存在となっていった。佐久間もまた、常に二人と行動を共にした。
佐久間には妻と、中学生の息子がいた。
その息子もまた、スコア社会の中で挫折し、学校に行かず、引きこもるようになっていた。
ピコとミランは、よく佐久間の家を訪れ、息子とゲームをしたり遊んだりしていた。佐久間は息子を深く愛していた。
「シャウト」というグループには、彼のそんな息子への想い、苦しみ、社会への叫びも込められていた。
ある日、打ち合わせのためにピコとミランは佐久間のマンションを訪れる。妻は外出中で、息子が一人で留守番をしているという。
だが、到着してみると――
息子は、すでに自ら命を絶っていた。
佐久間の心は叫びと共に崩壊した。
ピコとミランの心も壊れた。
そして、息子が遺した手紙には、こう書かれていた。
「パパ、ママ、ありがとう。ごめんなさい。ピコさん、ミランさん、シャウト、頑張ってください。」
ピコにとって、この出来事は生涯忘れられない痛みとなった。
彼女はその子を本当に可愛がっていたのだ。ピコはまた毎日のように泣き続けた。泣かないと誓ったのに。
ピコは彼のために《レクイエム》という曲を作った。
けれど、その曲を歌うことは、どうしてもできなかった。
時間が経ち、ピコとミランは再び立ち上がり、シャウトの活動を再開した。
佐久間は、無期限休業することになった。
シャウトを結成してから、4年が過ぎた。
メンバーは、当初の計画通り5人となった。
ピコ、ミラン、ネム、シェイラ、トキ。
この5人で生涯歌い続けることを、心から誓い合った。
この日、ライブの会場は《ゼロポイント》――都市のスラムと呼ばれる場所だった。
そこには、都市から排除された人々が集まり、路上で眠り、孤独に震えていた。
廃ビルの地下。
ゼロポイントの人々がギュウギュウに詰めかけていた。
REMU時代のピコの人気は、今なお根強く残っていた。
ピコが軽く挨拶を済ませると、シャウトのメンバーが立ち上がり、歌い、踊り始めた――。
—
『シャウト』
歪んだ世界で
グシャグシャに壊れたこの心
命を繋ぐのに必死な毎日だ
ドス黒い夜の闇しか僕らを受け入れてはくれないのに その夜さえも恐れているのはなぜ
剥き出しの感情が今 ここに溢れてる
叫べ
この世界の不条理を 苦しみを
叫べ
生きにくさを 命の弱さを
叫べ
孤独の悲しみを 心の声を
居場所のない世界で
押し潰されたこの心
涙を拭くのに必死な毎日だ
未来などとうにないはずなのに未来を生きたいのはなぜ
叫ばなければ生きれない思いが今溢れてる
叫べ
私はここにいると 声が枯れても
叫べ
私には価値があると 存在を否定されても
叫べ
私は生きるんだと 全て終わりにしたくても
泣き叫べ
一緒に泣いてくれる誰かと共に
—
ピコが歌っていると、ふとある男性と目が合った。
それは――タクミだった。
あの時のタクミ。
ピコは一瞬驚いたが、すぐに心が温かくなった。
「タクミくん、ここにいたんだね……あれから随分経ったね。今の私なら、胸を張って君に会えるよ」
そんな想いが胸に広がる。
ライブが終わると、ゼロポイントの人々は歓声を上げ、涙する者もたくさんいた。
その後、ピコはタクミと再会し、久しぶりの会話を交わした。
――
それから5年――2055年。
シャウトは世界的なアーティストとなっていた。
かつてのREMU時代を遥かに超え、ピコの名前は世界中に知られていた。
2050年頃から都市のAI支配社会は揺らぎ始めていた。
カオス村が各地で急増し、都市からの人々の流出が止まらなくなっていたのだ。
それに伴い、都市の統制メディアも緩み、シャウトは表舞台に立つ機会を得た。
ピコのかつての知名度と、数年にわたる草の根活動が呼応するように、大きなうねりが巻き起こった。
だが、シャウトの5人のメンバーのうち、最も古参でピコと最も親しかったミランが、病に倒れた。
容体は深刻で、医師から「もう時間は長くない」と告げられていた。
そんな中、世界最大の歌の祭典――地球全体に生中継される舞台のラストアクトを、シャウトが飾ることとなった。
ミランは「最後に、もう一度だけ、シャウトの歌を聴きたい」と願った。
酸素ボンベをつけたまま、ストレッチャーに乗せられ、ミランは会場に運ばれた。
音楽が鳴り響く。
だが、ピコはミランの姿を見た瞬間、声が出なくなった。
立ち尽くすピコ。
観客も演者もザワつく。
メンバーたちも動きを止め、ただピコを見守る。
佐久間が駆け寄る。
「ピコ、歌え……ミランが見てるぞ。頼む、歌ってくれ」
ピコは泣きながら、かすかに首を振った。
その姿に、佐久間は叫んだ。
「歌えッッ!!!」
ピコの胸ぐらを掴み、声を枯らして叫ぶ。
「歌ええええええッッッ!!!」
その声に、会場全体が静まりかえった。
直後、ミランが急変し、医療スタッフが慌ただしく駆け寄る。
佐久間は呆然としながら、泣き崩れるようにミランの元へ駆けた。
「ミラン……ミランっ……!」
ピコは膝から崩れ落ちた。
メンバーたちとスタッフが、涙をこらえながらピコを抱え、バックヤードへ。
世界中が見守る中、会場はまるで時間が止まったようだった。
――あの日を境に、シャウトはAIによって全メディアから強制排除された。
未だ都市に残るAI支配の残骸が、最後の抵抗のように牙を剥いた。
シャウトへの激しいバッシングが、コスモス国の都市から世界中に報道された。
だがそれが、むしろ決定打となる。
都市からの流出はさらに加速し、カオス村は新たな時代の希望として広がっていった。
都市は、静かにその力を失っていった。
――5年後。
ピコは一度も歌っていなかった。
あの日以来、歌うことができなかった。
けれど、シャウトは止まらなかった。
佐久間と他のメンバーにより、活動は続けられていた。
そしてある日。
ピコはミランの墓の前に立っていた。
そこへ、佐久間が現れる。
「久しぶりだな、ピコ。今日は命日だったな」
「はい……」
「あれから、もう5年か」
「はい……早いですね」
しばしの沈黙のあと、佐久間が言った。
「ミランが最後にオレに言った言葉、なんだと思う?」
ピコは黙ったままだった。
「“ピコ、救って、みんなを”――そう言ったんだ」
その言葉に、ピコは泣き崩れた。
歌えなかった後悔。
届かなかった想い。
そのすべてが涙に変わって溢れた。
――数年後。
メモリアル・オリオン区で、世界最大の平和の祭典が開催された。
そこに、シャウトの名があった。
復帰後、初のピコのステージだった。
世界中が見守る中、ピコがマイクの前に立つ。
「皆さん……以前はいろいろとご迷惑をおかけしました。
そして今日、ようやく戻ってくることができました。
心から、ありがとうございます」
静まり返る会場。
「それでは、聴いてください。
――『レクイエム』」
それは、かつてピコが作った曲。
歌うことが出来ず封印していた楽曲だった。
—
『レクイエム』
ねぇ キミがいるだけで
キミがいるだけでいいんだ
キミがいて 一緒にいるだけで
幸せだって
何てことない毎日の中で
一瞬一瞬がボクにとって幸せなんだ ずっとずっと一緒にいるんだ
キミがいる それだけで いいんだ
何もなくても
キミが周りからどう思われようとも ありのまま愛してる
キミがいるだけで嬉しくて
キミがいなくなったら悲しくて寂しくて
そばにいてよ ずっと
ずっと そばにいたいよ
一緒に生きていたいよ
大切だよ
いなくならないでよ
どうか どうか
どうか どうかそばにいてよ
どうかそばにいて いなくならないで どうかそばにいて
どうか どうかお願いだから
どうしてこの思い、伝えられなかったんだろう
どうして人生は無常だとしらなかったのだろう
大切に思ってたよずっと ボクの命より
ごめんね守ってあげられなくて
キミが救われるなら
キミの苦しみや、痛みを、ボクにください
どうか お願いだから お願いだから
どうか どうかキミの苦しみをボクにください ボクにください
何も気づかなかったボクに罰をください
何もできなかったボクを裁いてください
お願いです 神様
どうか どうか どうか
苦しみをボクに与え続けてください
どうか どうか どうか
どうか どうか
—
佐久間は号泣していた。
ピコとメンバーの歌声が、世界中に響きわたった。
――そして、2130年。
この日も、シャウトのコンサートが開かれていた。
一度も止まることなく、ピコとメンバーは歌い続けていた。
シャウトに救われた人々が、世界中から集まっていた。
ピコが話す。
「今日は来てくれて、ありがとう。
本日最後の曲になります。お聴きください」
−−−
『歓喜の歌』
この世界は美しいよ
みんなが手を取り合って生きているよ
争いも 憎しみも もうないよ
差別も 排他も もうないよ
みんながみんなそれぞれを認めあっているよ
みんなが幸せに自由に生きているよ
この世界は美しいよ
ありがとうね みんな
ありがとうね みんな
嬉しいよこの世界
たくさんの悲しみ、苦しみ、世界は乗り越えて辿りついた
喜びの世界
さぁみんな幸せを歌おう
喜びを歌おう
この世界に歓喜しよう
−−−
結成当時から見れば、世界は激変していた。
誰もが自由に、幸せに生きられる時代になった。
そして、その変化に最も大きな影響を与えた存在の一つ――
それが、シャウトだった。
シャウトは、この世界の神話となった。
――End――