創作秘話(3)

創作秘話③

※この創作秘話は『カオス村の人々』および『カオス村シリーズ』の内容に触れています。未読の方は、まず本編をご覧いただくことをおすすめします。

『カオス村の人々』を書き終えた後、私は三作目となる『カルマ』の執筆に入りました。もともとこのシリーズは連作を前提に構想していたため、物語の種はいくつも頭の中に存在していました。

たとえば『カオス村の人々』の序盤で、神崎がメモリアル・オリオン区を訪れるシーンがあります。これは、彼女の開発者である竹原の墓を訪れていたという裏設定があり、それが明かされるのが、後に描かれた『カルマ』の2200年の世界です。神崎は未来の都市で竹原の墓を訪れ、リナと再会します。

『カオス村シリーズ』では、桜がひとつのモチーフとして登場します。桜は「美しさ」と「儚さ」を象徴する存在として、日本文化に深く根ざしていますが、それは同時に登場人物たちの記憶や想いを繋ぐ象徴にもなっています。竹原の言葉「きっとこの世界は美しくなる」、そして彼の突然の死――。そういった要素が、自然と桜というイメージに重なっていきました。一部の描写には、私自身の記憶も重ねています。

シリーズを通して、桜は静かに物語の中を流れていきます。『シャウト』で神崎と竹原が見た桜、『カオス村の人々』で神崎が藤沢に場所を尋ねたメモリアル・オリオン区、そして『カルマ』の未来村で神崎が夜桜を見上げる場面――。桜は、それぞれの記憶と願いを繋いでいきます。

『カルマ』では三つの時代を軸に展開しますが、中心には「転生」というテーマが据えられています。記憶を持たずに生まれ変わった者たちが、なぜか惹かれ合う――。そこに“魂の記憶”があるという発想を持ち込みました。また、多様化した未来社会における人と人の関係性や、愛のあり方も描いています。

物語終盤では、主人公レイが、自分と異なる存在であるリナに惹かれる一方、その出自に戸惑いを感じている様子が描かれます。リナもまた、レイに想いを寄せながら、自身の背景を伝えることができずにいます。この二人の関係は、多様な社会における他者理解や、対話の大切さを象徴しています。

『シャウト』でレイが「生まれ変わったら、他と違う個性を持った誰かを受容し愛すると誓う」場面がありますが、その“魂の約束”が『カルマ』へと繋がっています。言葉や記憶を超えた何かを描きたい――そんな想いがありました。

この『カルマ』は比較的短期間で執筆しました。シリーズ全体の構想が早い段階から固まっていたため、スムーズに進められたのだと思います。実は『カオス村の人々』にもリナは登場しており、彼女に付き従う少女としてレイの存在も間接的に表現しています。

リナというキャラクターは、AIが著しく発達した未来社会においても、人間にしか宿らない魅力や存在感、そして“人を導く力”を象徴する存在です。技術がいかに進歩しても、人の心を動かすもの――それは理屈や効率ではなく、時に説明のつかない雰囲気やカリスマ性である。そんな考えから、リナを登場させました。

一方、神崎が「人が幸せに生きる社会設計」に光を当てているのに対し、リナは「人の心そのものと強く向き合う」存在です。この二人は、竹原が語った「人の幸福には制度と思想の両面が必要」という考えを体現するキャラクターです。神崎が受け継いだ言葉を、リナはさらに深く内面化し、人のマインドに向けて伝えていく――そんな流れを意識して描いています。

リナにとっての問いは「愛とは何か?」です。レイとの関係はその問いの象徴であり、多様性というテーマも同時に孕んでいます。たとえば『シャウト』では、リナが先天的異常個体として排他されていた過去が描かれますし、レイもまた性的マイノリティとして排他されていました。

こうしたエピソードを通じて、カオス村シリーズでは多様性と個性について静かに問いかける姿勢をとっています。『カルマ』で描かれた2200年という時代は、あくまで空想上の未来であり、その描写も技術的な予測よりは、人間の本質や心の在り方に主眼を置いています。

私自身、テクノロジーの発展を否定するものではありません。むしろ、その進歩が確実であるからこそ、物語ではその先にある“人間の在り方”に焦点を当てました。たとえば現代でも、技術的な利便性は格段に上がっていますが、それと幸福度が常に比例しているわけではないように感じます。

こうした視点から、作品では人間の本質的な欲求や感情、関係性を大切に描こうとしています。歴史的な転換点や文化的な変化にも関心はありますが、それらはあくまで物語の背景やヒントとして扱っています。

シリーズを通じて描きたかったのは、どんな時代でも変わらない「人間の心」そのものだったのかもしれません。

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