創作秘話(2)

創作秘話②

※この創作秘話は『カオス村の人々』および『カオス村シリーズ』の内容に触れています。
未読の方は、まず本編を読んでいただくことをおすすめします。

『カオス村の人々』の創作は、前作『初めて青空を美しいと思えた日』での経験から多くを学びながら始まりました。前作はストーリーの起伏をあえて抑え、静かな感動を目指しましたが、読者の印象にどう残すか、なかなか難しい挑戦でした。

その反動もあり、『カオス村の人々』では動きのある構成を意識しました。冒頭の藤沢の場面や、都市からの逃走劇、そして村に辿り着いた後の思想的対立など、物語の中に流れと転機を持たせながら、最後まで読者の関心が途切れないように心がけました。

執筆は前作よりずっと早く進みました。『初めて青空を美しいと思えた日』のときは、途中から筆が止まってしまい、「書けなくなる」という状態を初めて経験しました。小説を本格的に学んだことのない自分にとって、その壁は大きく、どう進めばよいか分からなくなることもありました。とくに、感情をベースにした物語を、自身の体験や内面から汲み出すことの難しさに直面しました。

書いているうちに、自分の中の痛みや迷いと向き合う時間が長くなり、何度も「やめようかな」と思いました。それでも、なんとか形にできたことで、「書けなかった時間」もまた創作に必要なものだったと今では思えます。

私の創作は、スマートフォンのメモ帳から始まります。AIを使って文体を整えたり、何度も書き直したり。そうしたやりとりを経て、一つの作品になっていきます。AIの助けは大きく、今では文章もデザインも、知識がなくても指示さえ出せば形にできる時代です。このサイトも、AIにコードを作ってもらい、それを貼りつけて仕上げました。

本作『カオス村の人々』は、構成を最初に固めてから執筆しました。前作で迷った経験があったからです。特に難しかったのは、「カオス村」という名の村をどんな場所にするかという点でした。

作中では、都市の人々がその村々を揶揄する意味で「カオス村」と呼んでいます。その一つを舞台にしました。都市とは異なる暮らし、異なる価値観。その中で人と人とのつながりや、自由と秩序のバランスをどう描くかを考えていくうちに、思想の対立や、仮想空間と現実が重なるような設定が自然と浮かび上がってきました。

たとえば、村の様子がリアルタイムで仮想空間に同期されており、ホログラムとして“姿を見せる”仮想人間が存在する――そんな技術の延長上にある世界です。これは、物理的な移動が困難な人でも、ある種の「同時存在」を可能にする仕組みであり、未来の社会設計の一つの仮説として想像してみたものです。

こうした設定は、どれも未来に起こりうる変化や可能性を、物語の中で試すような感覚で組み立てています。

藤沢リョウが構想した「AI人類幸福構想案」は、以前私自身がnoteに掲載していたものを基盤にしています。背景がすでにあったことで、設定の骨組みは比較的スムーズに組み立てられました。

時代設定は2050年。当初は2040年を想定していましたが、他の作品との整合性もあり、少し先の未来に変更しました。技術の進展を織り込みながら想像の未来を描いています。

「コスモス国」という国名は、「カオス」との対比で生まれました。コスモス=秩序や調和の意。その秩序の中で生きてきた人々にとって、独自の暮らし方を選ぶ村の存在は異質に映るかもしれません。けれど、それもまたひとつの価値観の現れです。

本作で描いた都市の様子も、今ある社会の延長線上にある“ひとつの可能性”です。変化しうる社会のかたちを思考実験のように追いかけた結果として、そうなったという方が正しいかもしれません。

仮に2050年、技術や自動化がさらに進んだとすれば、自給自足や無労働の生活を選ぶ人々が増えていても不思議ではありません。現代でもすでに、自然と共生するコミュニティや、ミニマルな暮らしを志向する人々は存在しています。

物語の中では、「ベーシックリビング」という仕組みも登場します。これは、AIやロボットが生活に必要なリソースを無償で提供する構想で、いわば現物給付型のベーシックインカムのようなものです。通貨がなくても成り立つ社会を仮定し、人々がどんな風に価値を見出していくのかを描いてみました。

こうした設定の根底には、「働かなくてもよくなったとき、人はどう生きるのか?」という問いがあります。働くことを通じて存在意義を見出していた人々が、その前提を失ったとき、どんな戸惑いや再構築が起こるのか。村の中で起きる心の揺れや人間関係の変化を通して、それを描いていこうとしたのが、この作品でした。

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